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わたしの名前は、 まきこ といいます。

小さい頃は、 こ  が気に入らず、

「まき」 という名前がよかったと思っていました。

でも、いつからか 「まきこ」 でよかったなぁ と思うようになりました。

結構、 「まきこ」 っぽい って 言われるんです。


漢字では  真紀子  と書くのですが、

自分の  真  という字が気に入っています。


漢字辞典で 真 という字を調べてみました。

もとの字は 眞 という字らしく、

さじ(上の2画)で入れ物(下の残りの画)に いっぱいにいれる

ことを表すのだそうです。

で、中が から でないことから、 「ほんとう」 という意味になったのだそうです。


 真 の字に  ほんとう  うそがない  という意味があること。

とても、うれしく思います。


名前があることで、 そのものが それだと わかるようになっている。

わたし という 有機体は、  真紀子 (まきこ)   という名前がついている。


両親がつけてくれた名前だけれど、この名前とも やっぱり なにかしら

偶然に 必然に

縁があって  わたしは 「まきこ」 と呼ばれているのかもしれないなあ。


そう思うと、名前って、なんか おもしろいな。

名前からきっと、 わたしの こころに  宿るものも あるんだろうな。



だから、できるだけ  ほんとう で、 うそがなく いたいのです。



まっすぐに  伝えたいのです。

まっすぐに  みつめたいのです。

まっすぐに  届いてほしいのです。



できるだけ おだやかな円さで、 そんな風に 在りたいなあと思う

今日 この頃なのです。











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わたしは明日、大学を卒業します。

今日は、卒業アルバムに友だちからメッセージを書いてもらいました。

それを読み返していたのですが、もう なんか…

みんな うれしすぎる言葉をくれて、

すごいありがたいのと もうしわけないのと。

ああいうメッセージて、なかなかすぐに書けないんですよね。

どうでもいいことばっかり書いちゃう。

だから、あたしは すてきな言葉をくれた友だちに対して

何も返せてないなぁ と。


もらった気持ちを読んで、胸がいっぱいになる。

胸がいっぱいになるときって、どうしてこんなに ぎゅう ぎゅう になるんだろ。

胸が はちきれちゃいそうに くるしい。

でも、それは嫌なくるしさじゃない。

だけど くるしい。


胸に 何かわからないけど、 パンパンに詰まって

張り裂けそうなのに、張り裂けることはないから すごく ぎゅう ぎゅう。


その くるしさ は  すごく いとおしい感情で、


それは、こうやって 人のあったかさに触れたり、

思い出を振り返るときだったり、 

「すき」という感情が込み上げるときだったり。


色んなときに 胸がいっぱいになる。


なんともいえない感情で胸がいっぱいになって 

いとしくて  せつなくて  くるしくて。


胸がはち切れない代わりに、涙がこぼれる。


色んな感情が そのしずくには詰まっている。

どうしよもない気持ちが溢れて、涙になって頬を伝っていく。


泣いている人がいたら その人は

感情が 溢れてるんだね。 

高まってるんだ。


どんどん どんどん  高まってくんだ。


高まって、伝えたくなるんだ。



高まって あふれ出す感情を  伝えずには 

いられないんだよなあ。






  ***



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